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旭川地方裁判所 平成4年(ワ)123号 判決 1994年2月02日

第一事件原告(第二及び第三事件反訴被告)

ニツポンレンタカーサービス株式会社

第一事件被告(第二事件反訴原告)

長田久男

(第三事件反訴原告)

岩崎信一こと岩崎愼一

主文

一  第一事件原告の同事件被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  第二事件反訴原告及び第三事件反訴原告の同各事件反訴被告に対する反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを三分し、その二を第二事件反訴原告(第一事件被告)及び第三事件反訴原告(第一事件被告)の負担とし、その余を第一事件原告(第二及び第三事件反訴被告)の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(第一事件)

被告らは、原告に対し、各自金三六万五五四三円及びこれに対する平成四年五月一九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(第二事件)

反訴被告は、反訴原告長田久男に対し、金二四九万一四三九円及び内金二二四万一四三九円に対する平成四年九月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(第三事件)

反訴被告は、反訴原告岩崎愼一に対し、金七〇万二一六〇円及びこれに対する平成四年九月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  第一事件被告(第二事件反訴原告)長田久男(以下、「被告長田」という。)及び第一事件被告(第三事件反訴原告)岩崎愼一(以下、「被告岩崎」という。)は、被告長田が、被告岩崎の同乗する普通乗用自動車(自動車登録番号旭川三三す一七七三。以下、「長田運転車両」という。)を運転し、平成四年二月三日午後五時一〇分ころ、旭川市忠和四条四丁目忠和小学校前交差点で赤信号に従つて停止中、前方注視義務を怠つた野島勝彦の運転する第一事件原告(第二及び第三事件反訴被告。以下、「原告」という。)所有の普通乗用自動車(自動車登録番号釧路五五れ五六四〇。以下、「野島運転車両」という。)に追突され(以下、「本件交通事故」という。)、被告らはいずれも頸部打撲挫傷、肩甲部打撲挫傷等の傷害を受けるなど損害を被つたと主張し、右野島運転車両の運行供用者である原告に対し自動車損害賠償保障法三条に基づき損害賠償を求め(第二事件及び第三事件)、原告は、野島と被告らとの間の右交通事故は、架空のものであるか当事者間の故意に基づく自招事故で、原告には同条に基づく損害賠償義務はないこと、したがつて、原告は被告らが故意に原告所有の自動車を損壊したものであるとし、被告らに対し、右不法行為に基づく損害賠償を求めた(第一事件)事案である。

二  争点

1  本件交通事故は、実際には存在しなかつたか。

2  本件交通事故は、被告らが故意に招致したものであるか。

(原告の主張する右2を基礎づける事実)

(一) 被告らは、本件交通事故につき、警察に対して当初は物損事故として届出をしていたが、事故の翌日になつて警察に診断書を提出して人身事故の取扱いとしたものである。

(二) 野島勝彦は、本件交通事故について警察の事情聴取を受けた後、直ちに埼玉県大宮市に転出し、その後に保険会社との連絡は全くとれない状態となつた。

(三) 被告らと野島勝彦とは、本件事故前に同一の暴力団組織に所属していた者で、以前からの顔見知りであつたが、被告岩崎は、保険会社の担当者に対し、野島勝彦とは本件交通事故の際に初めて会つたもので、それまで面識はない旨を述べていた。

(四) 被告岩崎は、保険会社に対し、本件交通事故により負つた傷害の治療のために、通院交通費の支払を請求し、その資料としてタクシー会社名義の領収書四七枚(合計金五万六四〇〇円)を提出したが、保険会社担当者が調査した結果、右領収書はすべて偽造されたもので、被告岩崎が右領収書に記載された日にタクシーを利用した事実がなかつた。

(五) 長田運転車両の破損状況と野島運転車両の破損状況とを対比したとき、被告らが主張するような同一の原因により発生した破損とは到底考えられない不一致が存在する(甲二号証、三号証)。

(六) 野島勝彦は、自ら本件交通事故を惹起したのにもかかわらず、事故後一箇月ほどして被告長田に対して一度連絡をとつただけで、被告らとの間で損害賠償に関する交渉はもとより見舞いもしておらず、また、被告長田において、野島に対し、損害賠償の請求をした形跡もない。結局のところ、被告長田及び野島勝彦は、本件交通事故当初から、事故の処理を保険金で行うことを前提としていたと考えられる。

(七) 被告岩崎は、原告に対して反訴を提起しているにもかかわらず、平成五年三月一〇日の証拠調期日にも出頭せず、以後、所在も不明となるなど積極的な訴訟活動をしておらず、実際に事故に遇つて傷害を負つたものの行動として理解できない。

3  原告及び被告ら主張の損害の有無及び額

(一) 原告主張の損害(第一事件)

(1) 野島運転車両の修理費相当の損害金 三〇万一二五四円

(2) 長田運転車両の修理費の内金 四万一一一四円

(3) 右車両の代車代として原告が支払つた金 二万三一七五円

(二) 被告長田主張の損害(第二事件)

被告長田は、本件交通事故により、頸部打撲挫傷、左右肩甲部打撲挫傷、腰部打撲挫傷、右膝部打撲挫傷の傷害を負い、これらの受傷等により次のような損害を被つた。

(1) 長田運転車両の修理代金 五万円

(2) 入院雑費金 七万八〇〇〇円(入院六五日、一日金一二〇〇円の割合)

(3) 入院中のテレビ、ラジカセ、体温計の代金二八七〇円、ポツト代金五一二九円

(4) 入通院中の妻と被告長田の通院タクシー代金 五万六六三〇円

(5) 入通院診療代金一一五万三八一〇円から災害入院共済金三〇万五〇〇〇円を控除した残額金八四万八八一〇円

(6) 慰謝料金 一二〇万円(入通院分金八〇万円、後遺症分四〇万円)

(7) 弁護士費用金 二五万円

(三) 被告岩崎主張の損害(第三事件)

被告岩崎は、本件交通事故により、頸部打撲挫傷、右肩甲部打撲挫傷、腰部打撲挫傷の傷害を負い、これらの受傷等により次のような損害を被つた。

(1) 通院交通費金 五万六四〇〇円

(2) 通院診療代金 二四万五七六〇円

(3) 慰謝料金 四〇万円

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

(なお、本件証拠として提出されている甲四号証《鑑定書》の参考資料として同号証に添付されている「原因調査報告書」及び「現場図」については独立の書証として提出されていないが、右記載内容を弁論の全趣旨として考慮すべき場合には、証拠の摘示の際に「甲四号証添付の原因調査報告書」等と記載することとする。)

第四争点に対する判断

一  争点1について(第一ないし第三事件)

1  証拠等によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告長田、被告岩崎及び野島勝彦(以下、「野島」という。)とは、本件交通事故の数年以上も前に山口組系の暴力団に所属していた関係からお互いに顔見知りとなり、以来、被告長田と被告岩崎とは時々会つては遊びに出るような関係を継続し、また、野島も被告長田から自己の勤め先を紹介してもらうような間柄であつた。(証人野島の証言、被告長田及び被告岩崎の各本人尋問の結果。《以下では、「証言」及び「本人尋問の結果」等の記載を省略する。》)

(二) 野島は、同人及び被告らにおいて、本件事故現場とされる旭川市忠和四条四丁目の忠和小学校前交差点から少し入つた同小学校横の道路上に、リアセンターバンパー下部付近でやや押し込まれた変形のある、同部分より後退灯付近に位置するバンパー部の幅の中心付近に衝突痕らしき跡が存在する長田運転車両と、フロントボンネツトの前端部より押し込まれて浮き上がりの変形及び左右前照灯の内縁上部付近に凹損が存在し、また、フロントバンパー上面部のセンター付近で下方への変形とフロント左側前照灯とフロント左右方向指示器レンズ表面に破損等が存在する野島運転車両を置いた状態で、本件交通事故が発生したとして、原告及び警察(一一〇番通報)に事故の連絡をした。(当事者間に争いのない事実、甲二号証の1ないし9、三号証の1ないし6、四号証、証人野島及び同宮下、被告長田及び同岩崎、弁論の全趣旨。なお、証人野島の証言中には、本件交通事故後に最寄りの派出所に電話連絡をしたとの証言があるが、警察に一一〇番通報したことは当事者間に争いがなく、記憶違いに基づく証言と認められる。)

右において、被告ら及び野島が、警察等に説明した本件交通事故発生の経緯は、次のようなものであつた。すなわち、野島は、近々、被告長田の紹介で埼玉県大宮市において働くことが決まつていたため、転居手続きなどをするために平成四年二月三日に原告から野島運転車両を借り受けて行動していたが、その段取りが終了したことから被告長田に連絡したところ、右大宮に行く前にお茶でも飲まないかと誘われてこれを承諾し、同人が近くのセブンイレブンで待つていると言うので、野島も、野島運転車両で右セブンイレブンに赴いた。そこで、野島は、被告岩崎を助手席に乗せた被告長田と落ち合い、同人が運転する長田運転車両の後に従つて野島運転車両を時速毎時四〇から五〇キロメートルの速度で進行させたが、吸つていた煙草の火の粉が運転席シートに落下してお尻の方に入つてきたために急いでこれを拾い上げるべく前方注視を怠つたところ、火の粉の処理をして視線を前方に移した際に、本件交通事故現場である忠和小学校前交差点で赤信号に従つて停止している長田運転車両を前方約二二メートルに認め、直ちに制動の措置をとつたが路面が圧雪状態であつたことからタイヤをロツクさせて滑走したのでポンピングの要領で一度ブレーキを緩めて再度踏んだが間に合わず、野島運転車両の前部を長田運転車両の後部に衝突させて、双方の車両に前記のような破損を生じさせたというものであつた。(甲四号証添付の原因調査報告書、被告長田及び同岩崎、証人野島)

(三) その後、本件事故現場を管轄する旭川中央警察署忠和派出所の高橋巡査が現場に臨場したが、同巡査は、本件事故車両とされる長田運転車両及び野島運転車両付近には事故の痕跡が全くなかつたことから、被告長田及び野島に対し、本件交通事故の衝突地点を指示させる方法により本件交通事故の存在及び現場を確認したうえ、同人らの申し出に基づき右事故を物損事故として扱うこととした。(当事者間に争いのない事実、甲一号証)。

(四) 原告は、右同日午後六時四〇分ころまでに、本件交通事故現場から、野島運転車両を自力走行させる方法ではなくレツカー車を使用して引き上げ、野島に対し、既に徴収していた予定料金九七八〇円のほか、事故証明代金五万〇六〇〇円及び燃料代金四九〇円の支払を請求し、野島は、原告に対し、右合計金額を支払つた。なお、富士損害調査株式会社において、平成四年二月五日、野島運転車両を調査したところ、同車両は自力走行が不可能な状態であることが確認された。(甲五号証の1、七号証及び証人野島、弁論の全趣旨)(なお、証人野島の証言及び被告長田の供述によれば、本件交通事故後、本件交通事故現場の交通量が多かつたことから、野島において、野島運転車両を右事故現場から忠和小学校横まで移動させたとの部分が存在し、右証言等を前提とすれば本件交通事故直後には同車両を自力走行させることが可能であつたものと考えられるが、本件証拠関係から窺われる状況《特に、甲四号証添付の現場図によれば、本件交通事故現場付近は、周辺に商店等が存在する制限速度毎時四〇キロメートルに規制されている場所で、平日の午後五時以降の時間帯からしても交通量が普通程度にあることが認められる等の状況》からすると、被告ら及び野島において、野島運転車両を忠和小学校横まで移動させた後、同場所において、原告がレツカー車で右車両を引き上げるまでの間に、本件交通事故以外の態様で、同車両が走行不能となるような破損行為を行つたとは考え難く《実際に、右忠和小学校横の道路には野島運転車両の破損行為を窺わせるようなガラス等の破片が存在しなかつた事実は当事者間に争いがない。》、野島運転車両が自力走行不能の状態に陥つた原因は、本件交通事故現場における野島運転車両が長田運転車両に追突する態様の事故に基づくものであると推認され、結局、本件交通事故に基づいて、野島運転車両は自力走行が不可能となり、原告のレツカー車により引き上げられたと認定せざるを得ない。)

(五) 野島は、本件交通事故日の翌日に警察の実況見分に立ち会つたうえ、警察に対し本件交通事故の状況についての説明を行つたが、被告長田及び被告岩崎は、いずれも本件交通事故により、頭痛、頭重感、項部圧迫感などの症状が出たとして、旭川市内の医師の診療を受け、警察に対し、診断書を提出して人身事故の届け出をし、被告長田は、旭川市内の石崎病院で、平成四年二月四日から同月一〇日まで通院(実通院日数六日)の後、同病院に同月一二日から同年四月一六日まで六五日間入院し、また、被告岩崎も、同病院に同年二月四日から同年三月三〇日まで通院(実通院日数四三日)して治療を受けた。(甲四号証添付の原因調査報告書。乙イ九号証、乙ロ一号証、証人野島、被告長田及び被告岩崎)。

(六) しかるに、被告長田及び同岩崎は、右治療費を含む損害賠償につき、当初より保険会社から支払を受けることを考え、加害者である野島に対して全く請求しなかつたうえ、被告岩崎においては、実際に使用していないタクシー代を本件交通事故に基づく損害として保険会社に請求する行為を行つた(なお、被告岩崎は、その本人尋問において、実際に使用していないタクシーチケツトを使用したこととしてタクシー代相当額を損害として不正に請求した事実を認める旨の供述をしたうえで、これは、知人の車に乗せてもつて金を支払つた分を水増ししたものであるとするが、採用できない。)。また、野島も、警察の本件交通事故に関する実況見分の後、埼玉県大宮市に転居し、自己が起こした交通事故に基づいて傷害を負つた被告長田及び同岩崎に対し、事故後に見舞いや謝罪をしたことも損害賠償の交渉をしたこともなく、被告長田と転居後一箇月以内に一度連絡をとつただけで、その後も連絡をとろうとしたこともなかつた。

(証人野島、被告長田及び同岩崎)

2  ところで、右一1(二)で認定した野島運転車両及び長田運転車両の破損状況に、甲四号証及び証人宮下義孝の証言を総合すると、本件交通事故の態様は、野島運転車両の前部が長田運転車両のリアバンパーの下部にもぐり込んでボンネツトのセンター部分が強く押し込まれるような形で衝突したと考えざるを得ないが、証人宮下義孝が証言(及び同人作成の鑑定書《甲四号証》)中に指摘するとおり、本件交通事故当時の事故現場は圧雪状態であつたのであるから、ノーズダイブ現象(制動に伴つて荷重が後ろから前に移動することによつて車両の前端部が下がる現象)を生じたとしても程度は少ないもので、制動時の状況に関する証人野島の証言や、被告らが主張する野島運転車両と長田運転車両の車高の相違を前提としても野島運転車両が長田運転車両の下部にもぐり込む可能性は少ないこと、証人野島の証言、被告長田及び同岩崎の各供述内容を検討しても、本件交通事故時に野島運転車両が長田運転車両の下部にもぐり込んで衝突した事実を窺わせるような証言等は存在しないこと、仮に、野島運転車両が長田運転車両の下部にもぐり込んだとしても、野島運転車両はボンネツトセンター部のバルクヘツドと呼ばれるロツク装置まで破損しており、右バルクヘツドはフロントバンパーの先端から二二センチメートルほど内側に存在することからすれば、フロント左側前照灯だけではなく右側前照灯も破損するのが普通であるのに右側前照灯が破損しておらず、また、長田運転車両のリアバンパーにも相当の痕跡が残るべきであるのに残つていないなどの状況からすると、野島運転車両と長田運転車両とが同一の衝突事故によつて破損したかにつき疑問が生じるところである。

しかし、右に指摘した疑問も、証人野島の証言、被告長田及び同岩崎の供述内容を前提に通常生じうる野島運転車両と長田運転車両の破損状況を検討した結果として生じた疑問であり、野島運転車両に長田運転車両が追突して生じた破損状況として、いかなる条件のものでも本件のような破損を生じることは在り得ないとまで認定することはできず(甲五号証の1では、事故状況と損傷部位との整合性を認める趣旨の記載も見られる。)、特に、本件においては、右一1で認定したとおり、野島運転車両は本件交通事故現場(厳密には忠和小学校横の道路)までに生じた原因によつて自力走行が不能となつていたものと認められるところ、右事故現場において、野島運転車両が、長田運転車両に衝突したこと以外の原因に基づき前記一1(二)で認定したような破損状態となつて走行不能となつたという事態の可能性を推測させる事実は全くないこと(例えば、本件交通事故現場以外の場所で野島運転車両を破損させ、走行不能となつた同車両を本件交通事故現場まで運搬したり、本件交通事故現場付近で長田運転車両に衝突させる以外の方法で野島運転車両を破損させて走行不能の状態としたなどの可能性を推測させる事実は全くない。)、野島及び被告らは、本件交通事故発生直後に警察に事故の連絡をし、現場に臨場した警察官により事故の存在が一応確認されており、警察において架空の事故であるとの疑いを持つた形跡も認められないことからすると、野島運転車両及び長田運転車両の損傷は、本件交通事故によつて生じたものであると認められる。

3  右のとおりであるから、本件交通事故は実際に発生したものであるというべきである。

二  争点2について(第一ないし第三事件)

1  前記一1の認定事実及び証拠(前記一1で認定した事実以外の事実の認定証拠は、認定事実の末尾に記載する。)によれば、次のような事実等が認められる。

(一) 野島と被告長田及び同岩崎とは、数年以上も前に互いに暴力団関係で知り合つて交際を続けてきた関係にあり、特に、野島と被告長田とは、同人において野島の勤め先を紹介するほどの間柄で、本件事故も、野島が被告長田の紹介で埼玉県大宮の勤務先に就職することが決まり、その準備の最中に生じたもので(前記一1(一)で認定した事実)、野島と被告長田とは右の関係から必要のある都度、連絡を取り合つていたことが推認でき、被告岩崎も本件交通事故日に被告長田方に遊びに来ていたというのであるから、野島と被告長田、被告岩崎と被告長田とは、互いに、本件交通事故日以前の段階においても自由に連絡を採りうる立場にあつたことが認められる。

(二) 被告らは、本件交通事故直後、警察に対し本件交通事故を物損事故として処理できるものとして届け出をしていたが、事故の翌日になつて、旭川市内の石崎病院の診察を受け、被告長田は、平成四年二月四日から同月一〇日まで通院(実通院日数六日)の後、同病院に同月一二日から同年四月一六日まで六五日間入院し、また、被告岩崎も、同病院に同年二月四日から同年三月三〇日まで通院(実通院日数四三日)して治療を受けている(前記一1(五)で認定した事実)。

しかし、本件交通事故当時、被告長田は旭川市忠和に、被告岩崎は旭川市東光にそれぞれ居住しており(甲一号証、乙イ九号証、乙ロ一号証)、居住地も離れているにもかかわらず、事故の翌日に全く同じ旭川市内の石崎病院に通院し、また、初診時の症状及び傷病名もほぼ同一内容のものであつて、お互いに意思の疎通をはかつたうえで同一の病院で受診し、本件交通事故を人身事故扱いとすべく警察に届け出をしたことが推認されるほか(甲四号証添付の原因調査報告書によると、被告らは、警察に対して、旭川市内の高桑医院の診断書を提出したとの記述があるが、右医院への受診と前記石崎病院への受診との関係は証拠上明らかではない。)、被告らの石崎病院における診断書(乙イ九号証、乙ロ一号証)によれば、被告長田は、同病院において頸部、左右の肩部、腰部及び右膝部の打撲挫傷を負つた旨の診断をされているところ、同人は本人尋問において、本件交通事故直後、被告岩崎において嘔吐するなどの症状があつた旨を供述するほか、自己が事故に基づいて前記診断書記載の傷害を負つた事実を窺わせるような供述としては、衝突時にハンドル以外の場所で身体のどこかを打つていたと思うが、はつきりどの部分を打つたという記憶はないこと、頸が後ろに振られた記憶はあると述べる程度で具体的な供述をしておらず、前記石崎病院の診断内容についても、原告長田代理人の誘導尋問に従つて肯定的な供述をするだけで、診断経過などに関する具体的な供述をしておらず、本件交通事故当時、右部位のうち肩部、腰部及び右膝部に傷害を負つたことを窺わせるような情況の存在も認め難いこと、また、被告岩崎は、同病院で頸部、右肩部及び腰部の打撲挫傷と診断されているところ、同人は本人尋問において、本件事故後に吐き気をもよおしたとの供述をするほか、それ以外の症状については全く具体的な供述をしておらず、右吐き気を生じた点についても、その時期が事故直後であると述べたり、翌日になつてからであると述べたりするなど曖昧で(右吐き気の症状については被告岩崎の診断書に記載されてもいない。)、本件事故当時、右診断書記載の部位に傷害を負つたことを窺わせるに足りず、結局、被告らについて前記石崎病院の診断書が存在するというだけで、本件交通事故に基づいて、同診断書記載の傷害を負つたとも直ちに認定し難い。

(三) 野島は、本件交通事故直後の被告岩崎の体調は悪そうであつた旨を証言するほか、事故後に被告らが病院に入通院する状態となつたことを認識していながら、被告らに対し、埼玉県大宮市に行つてから一箇月もたたない時期に一度だけ連絡をとつたことがあるほか、特に病院等に見舞いや謝罪をしに行つたり、損害賠償に関する問い合わせをすることもせずに、何らの連絡をとることもなく漫然と生活していたことが認められるところ(前記一1(六)で認定した事実)、被告長田と十年にも及ぶ付き合いをし(証人野島、被告長田)、かつ、同人に就職先の世話までしてもらつていた野島が、右のような態度に終始した背景には、本件交通事故が被告長田らの納得のうえで起こされたものか、野島において、真実、被告長田らが本件交通事故に基づいて傷害を負つた事実のないことを知つていたかのいずれかの事情が存在するのではないかとの合理的な疑いを生じさせるものである。

そして、被告長田及び同岩崎において、本件交通事故により負つた傷害の治療費を含む損害賠償につき、全く加害者である野島に対して請求する態度をとらず、当初から保険会社に対する請求に終始していたことや、見舞いや謝罪にも来ない野島に対し、進んで連絡をとろうともしなかつたこと(前記一1(六)で認定した事実)も右合理的疑いを補強するものである。

(四) そしてさらに、被告岩崎は、保険会社に対し、本件訴訟前の段階で、本件交通事故により負つた傷害の治療のために、通院の際にタクシーを利用したとして、タクシー会社名義の領収書四七枚(合計金五万六四〇〇円)を提出したうえで通院交通費として右タクシー代金の支払を請求したが、この内のほとんどが実際にはタクシーを利用していないのにこれを利用したようにして虚偽の領収書を作成して提出し、損害金の支払を受けようとしたものであるとの事実を認めている。

(五) 被告岩崎は、原告に対し、第三事件を提起して損害賠償の請求をしているのにもかかわらず、平成五年一月一八日の第七回口頭弁論期日以後、同年五月二四日の第一一回口頭弁論期日に出頭しただけで、そのほかの期日に出頭しなかつたばかりか、一時、裁判所等に連絡をすることもなく所在不明となるなど、同年一月一八日以降は消極的な訴訟活動に終始していること(本件訴訟記録により明らかである)、証人野島の証言並びに被告長田及び同岩崎の供述は、いずれも質問者の質問内容に強く影響を受けていることが窺われ、本件交通事故に至る経緯や事故当時の状況及び事故後の経過に関する微妙な証言等の部分にどれだけの証明力を認めうるのか問題もある。

2  そして右二1(一)ないし(五)で認定した事実関係並びに事情を総合すれば、本件交通事故は、被告らにおいて慰謝料等の名目で原告から損害賠償金を受領する目的で故意に招致されたものではないかとも考えられるところである。しかし、野島は、原告に対し、本件交通事故に伴つて事故証明のために金五万円以上の追加料金の支払をしているほか、免許停止処分を受けており(証人野島の証言)、本件交通事故を故意に招致することによつてどのような利益を得られる蓋然性があつたのかを認定するに足りる資料はないこと、本件交通事故は、月曜日の午後五時過ぎという時刻に、しかも旭川市内の商店等が存在する、比較的交通量のある道路の交差点で発生したもので、被告ら及び野島において、事故後、直ちに警察に連絡したうえで警察官に事故の確認を求める手続きをとるなどしていることからすると、右認定事実関係から、直ちに本件交通事故が被告ら及び野島の故意に基づくものであるとまで認定できず、他に右事実を認めるに足りる決め手となる証拠もない。

三  争点3(二)及び(三)について(第二及び第三事件)

そこで次に、被告らが主張する損害と本件交通事故との因果関係の有無等について検討するに、右二1(一)ないし(五)で認定した事実関係並びに事情を総合すれば、結局、被告らに右事故に基づいて治療を必要とするような傷害を生じた事実を認めることはできないから、結局、被告らの原告に対する反訴請求(第二及び第三事件)は理由がない。

四  争点2及び3(一)について(第一事件)

また、右に認定したとおり、本件証拠によつても、本件交通事故が被告ら及び野島の故意に基づくものであるとの事実を認めるに足りないから、結局、原告の被告らに対する本訴請求(第一事件)も理由がない。

(裁判官 木納敏和)

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